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「貰い物はなんですか」

 別に期待していたわけじゃない。
 酒の席の余興、会話のノリ、そういった類いでの発言だろう。
 本気に構えることでもないのに、なぜかずっと忘れられない一言。
「手編み? いーよ、あたしがつくってあげるよ〜」
 あれはいつかの年の暮れ、例のごとくの忘年会。学生時代最後と、盛り上がっていたときだった。どういう流れかは特に覚えていないが、セーターの話になって、手編みの話になって、手編みのものを着たことが無い、
欲しい、などと発言したのが事の発端だ。 「う〜ん、そういうのはやっぱ彼女から貰いたいものだろ」
 などと言ってみるが、
「や、貧乏学生にとっては一着でも買わずに防寒着を手に入れたいところじゃない?」
 と、なぜか言い出しっぺが勧めてくる。
 どうやら手編みでつくってみたいらしい。
 まさか実験体?
「そうそう。別に失敗してもいいような相手なら気が楽じゃない? 本番に向けてさ」
 思わず肩がカクッと下がる。
 本人を前にして言うセリフではない。
 共通の友人を持つ間柄でしょっちゅう飲み食いしてれば、友達というわけだ。
 そんなわけで、親しい間柄だと相手をぞんざいな扱いにする女性は恵美と言った。
 名前のとおり、他人に恵むことは美しいことだと言ってはばからない、なかなか偉そうな御仁だ。
「ま、期待しないで待っててよ。来年は暖かい思いをさせてあげるからさ」
 そして、年が明けた。
 で、新年会。
 僕はなんとなく、思い出して、さりげなく話を振ってみる。
「今年はセーターでも買おうかな」
「だったら今日の宴会来るんじゃなかったね。貧乏学生には痛い出費だよ」
 アルコールに弱い僕には割り勘での宴会はまったくもって不利だ。
 ちなみに手編みの件は鋭意進行中……という嬉しい報告はない。
 が、隣の席にいた、サークルの後輩であるお下げの女の子がこっそり教えてくれた。
「メグ先輩、なんか手芸に凝ってるみたいですよ。彼氏でもできたんですか? 先輩もそろそろ声を掛けないと、とられちゃいますよ。メグ先輩、人気あるし」
 というわけらしいが。
「半分くらい余計なお世話かな」
 と、言いたくもなる。
 ただ、手芸に凝っているというのはなかなかおもしろい情報だった。
 もしかして、隠れてコソコソ企んでいるのではないか。
 そんな風にして、僕は待った。
「ちょっとちょっと、話があるんだけど」
 と、どうでもいい話を、さも重要なことのように僕に聞かせる、僕の裾を引っ張るいつも通りのやりかたを。
 だが、就職活動やらあきらめ組の面白いバイト探しやらで、彼女とはいつの間にか、疎遠になっていた。定期の宴会でもすれ違いだった。
 携帯の番号を知っているのだから、連絡すればいいのにというが、それほど、親しくもないし。はっきりいって、忘れていた。
 そうして、あっという間に春がなった。
「引っ越しするから、手伝って」
 唐突に電話が来た。
「どこに引っ越すの?」
「とりあえず、北海道の実家に戻って、それから、アジアかアメリカに行こうかなって」
 僕らは都内の大学に通っていた。彼女のセリフにある都市は気軽に遊びに行けるところではない。
「なんで?」
「なんとなく。ちょいとお金に余裕が出来たから、外国にでも長々暮らしてみようかと思って」
 思いつきのような気がする。この人はそういう人だ。
 引っ越しの日、引っ越し屋を使えばいいのに、友人総動員で現場監督をする彼女は彼女らしいの一言だ。プラス要らないものを身近な友人に恵む最後のチャンスと思ったのかもしれない。
 君にはこれ、あなたにこれ、と片っ端から友人連中に家財道具から生活用品、洋服、CD、本、アクセサリー、各種プレミアグッズ。引っ越す荷物を極力減らし、彼女はこれまた友人のトラックに乗り込んだ。
「それじゃあ、行ってくるから!」
 あ、そーだ、きみにわたすものがあった。
 そういって、僕に、僕がいつもつかってるリュックをさしだした。
「家の中におきっぱなしになってたよ。まったく、いつまでたってもドジだねぇ」
 こりゃどうも。おもわずぺこぺこしてしまう。
 特に何も持ってきたつもりもないが、リュックはふくれていた。
「じゃーーーねーーーばいばーーい!」
 窓から手をブンブン振って、行ってしまった。
「行っちゃったね」
 嵐が通り過ぎたような静けさの中、同じく手伝いにきていた後輩の女の子に声を掛けた。
「そうですね……これから寂しくなります」
 彼女は目元をハンカチで拭いながら僕に相槌をうつ。
「僕も値打ちのつくもの、もらっとけばよかったなあ」
 ガラクタをあれもこれもと受け取ったような気がする。捨てるっていうからさ。
 後輩の女の子は僕をじろっと見た。
「先輩、自分のリュックの中身、確認してからそういうこといってください」
 リュックのふくらみに触れると、ふっくらとして弾力がある。
 こんなまわりくどいやりかた、と呟いてみるが、嫌いじゃなかった。
 トラックは行ってしまった。
 携帯電話で連絡するのは味気ない。
 僕は“まわりくどいありがとう”を考えようと思った。


おわり
(この作品は当サークル発行の創作合同誌旬夏習冬vol.2に収録されたものを若干加筆修正したものです)
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