「鐘撞き堂の君主」

0.プロローグ
1.フィーナル王国の朝
2.大時計と時の君
3.鐘撞き堂の君主
4.エピローグ





 宮殿の勝手口として機能する裏門には見張り兵の数が少ない。
 今日も二人の若い兵士が退屈そうに槍を杖代わりにして、ぼんやりと立ちつくしていた。
 革の鎧を身に着けたジークが何気なしに現れると、二人の兵士は急にしゃきっと背筋を伸ばし、近づくジークに向けて敬礼する。
「よう。見張り御苦労」
「はっ、異常ありません」

「言ったろ、俺の前では適当でいいって。それより、今夜飲みに行かないか? おい、そこのお前、こっち来い」

 門の反対側にいた兵士にも声をかけ、手招きする。
「しかし、持ち場を離れるわけには」
「ああーん? 俺、傭兵っていう名目だけど、一応お前らより上官だぜ。そこを忘れんなよ」
「し、失礼しました」
 ジークの前に門番である二人の兵士がこそこそっと集まる。
「あんまり大きな声じゃいえないんだがな……」

 男三人が固まって、内緒話をする中、兵士達の後ろを物静かに通りすがる影が二つ。
 赤い髪を振り乱し、ジークに向かってウインクひとつ。
 彼は応えるように手を振る。
 若い兵士はジークの、俺のおごりだぜの言葉に興奮して、いつまでも後ろの影には気がつかなかった。
 こうやって、フィンはお忍びの旅に出かけるのだ。
 メリッサはフード付きのコートを着て、呆れた顔をする。
「警備体制はどうなっているのでしょう」
「これくらいがちょうどいいのよ」
 と、訳知り顔でフィンは応える。

男物のシャツに着替え、ファイナリアの女性には珍しいパンツスタイル。髪も結ばず、顔も隠さず、バンダナを巻いて、薄化粧。外へ出かけるときはだいたい、このような服装だ。
 フィンの着替えを手伝って、自分は着替えることもなく、メリッサは宮殿内にいるときとほぼ同じ格好でコートを着込む。メリッサの方が背が低いものだから、フードを被れば、どちらが身分の高いものなのか、わからない。
 フィンは面白がって、よくメリッサにフードをかぶるように言う。
「私も“王女殿下”をやめて、普通の町娘になってみたいわ」
 何てことも言う。

 ファイナリアシティはセントラルストリートと呼ばれる、宮殿から街を覆う塀まで一直線に伸びた大通りを中心に発展している。宮殿の裏林にある隠し通路を抜けて、エンド川という街に沿って流れる大きな河川のほとりに出る。上流から運び込まれる荷物の発着場、船着場となっているので倉庫群にもなっている。王家専用の倉庫に繋がる隠し通路から、堂々と港に顔を出し、荷卸をする業者の視線を浴びながらセントラルストリートを目指し、歩く。最初はびくびくしたものだが、フィンは次第になれ、良くも悪くも気にならなくなってしまった。

「この辺りでは時折男装した美人の女が出るんですってね、殿下」
「やめてもらいたいわね、人を幽霊か何かみたいに。それに、私は男装をしたつもりはないのだけれど」
「下々の者が殿下のセンスについてこれないだけですわ」
 ストリートに出ると、あちこちから鼻をくすぐる匂いがする。
 コックの作るものに比べれば、安っぽいものだが、小銭を払ってお菓子を食べながらぶらぶらするのも憧れた光景だ。だが、それをすると、メリッサが怒る。
 お似合いになりません、だそうだ。
 もっとも、フィンはお金をもたないので、小銭はメリッサの財布から支払われる。だから、余計に嫌な顔をする。

「おごってくれる素敵な男性でも見つけようかしら」
「それならば私が支払いますので」
 慌てて切り返すメリッサを見ると、フィンは自分で言って、これは殺し文句ではないかと考える。
 そんなことを言っているうちに、目的の場所についた。
 セントラルストリートのちょうど真ん中に位置する、フレイム広場。炎がゆらめくような形をしているから、そう呼ばれる。いや、名前から先に出来て、街を改造したのか、フィンはメリッサと論争になるときがある。
「今日は広場の由来について、争いたくないわ。それよりも重要なものを見にきたのだし」
「わかりました。今日は触れないようにいたします」
 と、二人で同時に空を見上げる。
 フレイム広場の一角に一戸だけ背の高い建物がある。
 最上階に吊るされたものが、その場所を語るにふさわしい。

 噂の鐘撞き堂だ。

 建物自体は古く、何回も改築した宮殿などとは違い、百年単位で建っている。
 鐘の音は空気を揺らし、味のある高音を何度も響かせる。

「相変わらず、高いわねー」

「ええ、国内一の建造物ですから」
「私の部屋とどちらが眺めがよいかしら」
「ベル家は王家に負けず劣らずの風景をもっているということですね」
 メリッサの何気ない言葉にフィンは口を尖らせた。
「それは、聞き捨てならないわね」
「あの塔にお登りになりますか?」
 フィンは苦笑いする。
「それは……骨が折れそうね」

 小高い丘とはいえ、登りやすい坂が各所に設置された宮殿と違って、狭くて急な階段は見るだけでぞっとした。
「この高さがあるからこそ、時計を置くならばこの鐘撞き堂、そもそも時計そのものに反対なのはここを管理する当主。だから、こうやって自分の目でじっくりと見てみたかったの」
「街の意見も二分しておりますわ。この鐘撞き堂は身分差を隔てないただ一つの掛け橋」
 同じ鐘の音で目覚め、食事をとる。王と民といえど、誰も彼もが目安にするに違いない。
「私は朝の鐘の前に起きるわ」
「私は殿下のご起床に備えて、その前に起きますが」
「はいはい、私が悪かったわ。それにしても、不思議よね。鐘が針になるだけだというのに。伯爵は時の君の名を利用してわめきたてている」
 二人はじっと高いところにある鐘を見上げる。

「どうした、お嬢さん方」
 不意に、背筋のちゃんとした老人が話し掛けて来た。
 フィンはメリッサを制して、笑顔を繕う。
「いつ見ても見事な鐘だと思って。遥か古代から受け継がれているとは思えません。さぞかし管理の行き届いていることだろうと感心していたところです」
「そろそろ建物を修理せねばならんが、鐘はまだまだ丈夫じゃぞ。なにせわしらが毎日手入れをしている。もし、この鐘に何事かあればわしは民に怒られてしまうて」
 フィンとメリッサははっとした。
「もしやあなたはベル一族の方?」
「いかにも。この鐘撞き堂を管理しているリンガー=ベルという。わしはもう隠居の身じゃけえ、爵位は次男坊に譲ったからの。ただの鐘撞き爺じゃ」
 そういえばとフィンはこの老人の顔を思い出す。幼いころに何度か見かけたことがあるのだ。

――気付かれているか? 

メリッサに目で問うて見るが、首を振っている。気付かれていない、ではなくて、私にはわかりません、という意味だと理解するのに時間はかからなかった。

「お嬢さん方、立ち話もなんじゃけ、お茶でも出すに」

 老人は鐘撞き堂の勝手口に二人を案内した。メリッサは辺りに注意を払いながら、コートの中から剣を鞘ごとフィンに渡す。ずしりとした重さがフィンの手にかかる。鞘を腰にかけると、やや緊張する。命のやり取りがあるかもしれない。正体を知られているのなら、この老人、リンガー=ベル氏がよからぬことを企んでいる可能性が、ないこともない。
 戦いで頼りになるのは傭兵のジークの方だが、一緒に歩くとメリッサが嫌がるので、いつも女二人だ。腕前には自信はあるが、いざとなるとやはり心細い。
 だが、年季の入った板張りの廊下を歩くと、「廊下は走るな」という張り紙があったりとするものだから、それほど危険性はないのかもしれないと思うようになる。

 質素な応接室に通されるとお茶が運ばれてきた。幼い男の子と女の子がティーセットを載せた台車を転がすのだ。
「お孫さん?」
「いかにも。早々と逝っちまった長男の子でな、リンとリナという双子じゃ」
 二人は照れくさそうに頭を下げ、退室する。

「かわいいコたちね」

「不肖の次男坊ではなくて、この二人にこの堂を継いでもらいたいと考えるのは老人のわがままかの」
 次男坊とは今も弁舌に余念の無い、あのベル伯爵のことだと思うとフィンは可笑しかった。この老人は顔は長くない。がっちりしたタイプだ。
「ベル一族に関して教えていただきたいと思いますが」
 フィンが先手を打った。
「はて、お嬢ちゃん方もあの論争に興味があるのか」
 はい、とフィンが答える。そして、どうやら自分の正体に気がついていないようだ、と独りでほくそえんでいた。よくよく考えてみれば、身分の高い女が男のような格好をして外を出歩かない。フィンは確かに高価な生地の服を着ているが、名のある商家ならそれくらいの見栄は張れる。名のある商家のお転婆娘と言えば顔を知らない連中は信じ込ますことが出来る自信はあった。

「お嬢さんはフィン王女殿下に似ておられるな」

 と、言われるときは確かにあるが、

「よく言われます。光栄ですね。でも、王女殿下は私なんかより遥かに美しい」

 と、ごまかす。これがいつもの手だ。このように言えば、誰しも納得する。
今日もメリッサは不思議な顔をして相槌を打つ。
「あの方は神がかり的なところがあってな。わしらの思いもつかないことをなさる。いっそ女王にでもなられていただければなと飲み仲間と話す日々じゃ。とまあ、そんな話はよい。我が一族であったな。ベル一族の領地というものを知っておるか?」
 そういえば聞いたことがないとフィンは思う。勉強不足だ、舌をうつ。

「知らんのだろう。それもそのはずじゃ。確たる領地などないのだからな」

「え」
「あるとすれば、この堂。この堂がある限り、ベル一族は“時を管理する”という名目上、国から給付金が支払われる。愚痴になってしまうがの、もう少し紳士としての嗜みをもつ息子がいればと思ったわい。堂を管理させていただいている名誉にも関わらず、偉そうな口を叩き、給付金を腹の肥やしにする。まったく、建物がガタついているのは存位中に修理しなかったわしだけの責任ではないのだがな」
「ということは時を管理しているだけの名目で、伯爵位と給付金を?」
「そうじゃ。だから、わしは今の論争が馬鹿げておるといっているのじゃ。鐘の手入れもしないようなクソガキの味方など誰がしてやるものか。その点、リンとリナはいい子じゃ。みんなのお昼ご飯の時間を、ボクたちが教えてあげるんだと張り切って鐘を鳴らす」
「時を告げるのはベル一族の専売特許のようですが、そもそも時は王や民に関わらず平等なはず。だとしたら、今回の言い分は専売特許を失うことを恐れた伯爵のいいがかりなのですか?」
「今時の娘さんは賢いな。もちろん、そのとおりじゃ。それに時計というものがどんな代物であろうが、鐘は鳴らせばよいではないか。元々、ベル一族は鐘撞き係り。時の君をでっちあげて時の管理人などとしてしまったのがそもそもの間違いじゃ。鐘なんぞ誰でも鳴らせるのだ」
「よいお話をありがとう、心から感謝します」
 フィンはそういって、最後まで名前を名乗らず老人の前を去ろうとした。老人は孫の手をつないでフィンを満足そうに見送ろうと玄関までやってくる。
「おねえちゃん、またね」
 二人の孫はそういって、可愛らしく手を振る。
 フィンとメリッサは笑顔で出て行こうとするが、大きな影が行く手をふさいだ。
 見上げると、柄の悪い大男が三人、フィンを見下ろしていた。
「オヤジさん、誰の味方もしないんじゃなかったですかね」
 大男の一人が低い声で老人に語りかける。
 リンガー=ベル氏はいかつい顔で大男を睨みつける。
「おぬしらに関係の無いごく個人的な客じゃ。倅の関係ではない。くれぐれも手を出すではないぞ」
 二人の孫は老人の影に隠れている。
「ベル家はこのようなごろつきを配下においているのですか」
 冷静に言葉を紡ぐメリッサだが、懐の短剣にひそかに手を伸ばしていた。
「実に申し訳ない。愚かな倅がわしにつけた監視じゃな。まったく、実に愚かな」
「オヤジさん、この女はなんだ? いい服着てるじゃねえか。顔もスタイルも抜群だな。俺にもツキがまわってきたかな」
 へへっと品の無い笑いをする。
「そこをどいてくださらない?」
 フィンは臆することも無く、堂々と言葉をかざした。
 だが、大男たちはフィンの意志などまるでなかったかのように見下すように言葉を吐き出す。
「この建物はな、勝手に入っちゃいけないところなんだよ、ねえちゃん。ちょっと詰め所まできてもらおうか。どっかのスパイかも知れねえしな。身体検査をさせてもらうぜ」
 メリッサはぎりぎりと目つきを鋭くするが、あくまでフィンは冷静に息をつく。
「よせ、おまえらのかなう相手ではないぞ」
 リンガー=ベル老人は孫をかばいながら、声だけで大男たちを制止しようと試みるが、大男たちは聞く耳をもたないようにフィンに一歩ずつ近づく。
「御手を下劣な者の血で汚すようなことはさせません。ここは私が」
 コートの懐からナイフを一本取り出し、逆手に構える。
「そんなんで俺たちとやろうってのか、おもしれえ」
 各々が凶悪な形をしたナイフを取り出す。
「メリッサ、刃を収めなさい。子供たちの前よ」
 怯え、老人の影に隠れるリンとリナ。
「いいわ、あなたたちの詰め所とやらに案内して」
 慌ててメリッサが振り向くが、フィンは頷くだけ。
「ふふん、物分かりがいいじゃねえか」
 大男たちもナイフをおさめ、ついてこいと怒鳴る。
「お嬢さんたち、この者たちは……」
「お邪魔したわね、リンガーさん。私たちのことは気にすることは無いわ。それよりも二人のお孫さんを守ってちょうだい……ヒマをみつけてまたくるわ。またね、リン、リナ」
 笑顔で玄関を出た。

 常にメリッサの反抗的な目つきを背中に浴びつつ、フィンは大男に囲まれて、歩んでいく。やがて、倉庫の一室の錆びたドアをあけて、男が入れと促す。

 がらんと空いた、なにもない倉庫だった。剥き出しの地面に壁と屋根をつけただけの簡易的な倉庫で、妙に埃りっぽい。窓が無いため、空気も悪い。
 反対側に取り付けられたトビラから大男たちのリーダーらしき男がやってくると、その証拠に大男たちがぺこぺこと頭を下げる。
 ――ベル伯爵ではない。
 雇い入れたごろつきの頭か、とフィンは計算する。
「まずは名前をきかせてくれないか、お嬢さん。わかってると思うが、鐘撞き堂は部外者立ち入り禁止なんだよ。世間が大騒ぎしてるだろ、ベルク王国の機械時計がどうとかってよ。その関係で当事者であるオヤジさんの身の回りを俺たちが警護してるってわけよ。だから、身分の知れない、ましてや女が気軽に立ち寄られるといらぬ誤解をあたえるだろう? みたところ、いいところの出身だろうから、ご両親に連絡してやるよ。忠告つきでな」
 なにも言わないフィンにしびれをきらしてか、男はフィンの胸倉をつかもうと手を伸ばす。
「なんかいえ……うおっ」
 横からメリッサがナイフを振り回して、男を追い払う。
「……には触れさせません」
 男はタイを直すと、
「ほほう、女が護衛とはよほどの大物だな。こりゃあ、旦那に悪いが、俺たちの獲物にさせてもらおうか」
 男が顎で合図すると、ざっと五〜六人、手下であろう男達が現れ、手にはナイフを構えている。
「捕まえろ。ただし、顔に傷をつけるなよ」
 男の指示に大男たちは叫び声で応える。

「悪の芽は……見つけたときに摘み取るとよいのかしらね、メリッサ」
「まったくです」

 コートの中から取り出したナイフを右手で逆手に持ち、左手をコートの内ポケットにつっこんで、投げナイフを密かに構える。
「この人数なら一人でいけます」
 ダメよ、とフィンは言った。
「あなただけに血を浴びさせるわけにはいかないわ」

 フィンは腰の剣を抜く。
 細見の剣身に壊れた窓から差しこむ夕陽がまぶしく輝く。陽光に呼応するかのように、剣を淡い炎が包みこむ。

「やれ! 護衛の女は殺しても構わん」

 男の指示に手下達は動き出す。
 メリッサは大男たちの剣閃から身をかわし、左手の投げナイフを放つ。矢のような刃物の襲撃に、メリッサに飛び掛った男は避けられず、慌てて叩き落そうとするが、間に合うはずも無く、二の腕と太腿にそれぞれ刺さる。うめき声がひびく中、恐れをしらない男達によってメリッサへの襲撃が続けられる。だが、細い体を右に左にメリッサはダンスを踊るように身を翻し、動き回って間合いを計り、襲い掛かる男にコートの裏に仕込んだ投げナイフを放つ。
 一方、フィンにも数人の男が諸手で襲い掛かる。
 髪を鷲づかみにしようと、フィンの頭上に手を挙げた男の腕が、剣の一閃と共に火をあげた。
 その瞬間、絶叫がこだまする。
 男の腕の切り口が燃えているのだ。どんな燃料もなく、ただ皮膚と肉を焼きつづける。

「ファイナリアは炎の民族。あなた達はその大切な事実忘れているわ」

 炎が燃え盛る剣を片手に、男達へ迫るフィン。
 男達が一歩も二歩も下がる。
「古人の血を正当に受け継いだ私の聖なる炎で、あなたたちの穢れた心と体、浄化してあげるわ。きっと次に生まれ変わる時は優れた人物になっていることでしょう」
 そういって、フィンはうすら笑う。このようなフィンの状態ではメリッサは止めることが出来ない。王族だけが受け継いだ古代の力・炎を生み出す力、ロイヤルフレア。
 それを正当に受け継いだ、フィーナル王国の姫。
 その名はフィン=クローズド=フレアリング=フィーナル。
 後光のように炎をまとったフィンの姿。
 メリッサは男達が冷や汗をかいて、状況を窺がっているのを感じた。

 そのときだった。

 倉庫のドアが物々しく、開いた。
「新手!?」

 メリッサが反応する。
だが、扉を開けて、息を切らせて入ってきたのは、化粧の崩れたベル伯爵夫人だった。
「ああ、リンとリナの言った通りだわ……おやめなさい、あなたたち! 殿下の御前ですよ」

 男たちは顔色を変えてフィンと夫人を見比べる。
「殿下、どうか御気を御静め下さい。炎の力、この者達にはもったいのうございます」
 夫人の言葉を探るように、フィンは炎を少しずつ弱める。
「くだらないことをやっているのね、ベル伯爵は」
「申し訳ございません、主人にはよく言って聞かせますので。この場はどうか、剣をお納めください」
 夫人は膝をついて、頭を下げた。
「なにをしているの、あなたたちも!」
 男達に対して怒鳴り声を上げる。
「女将さん、どういうことです」
「どういうこともないわ。このお方はフィン王女殿下なのよ!」
 愕然と。
 メリッサもようやく刃をおさめる。
「けが人の手当てをなさい」 
「はい、御慈悲のお心、感謝いたします」
「この場はあなたに免じて、許します」
「は、はい、ありがとうございます」
「だけど、二度とこのような組織の編成をすることをないように徹底すること。それと爵位は」
「はい、返上させていただきます」
「そうね、商売に精をだして。このような男達を従える力があることは大切よ。民への小型時計の普及、本格的にお願いするわ」
「ありがたいお言葉」
「それと、旦那さんは?」
「旦那は、夜の時計議案採決に向けて走り回っております」
 男が横から口を出した。
 メリッサは態度の変わりように腹が立つように唇を突っ立てたが、フィンは気にしていないようだった。

「夜の議案採決? 強行するつもり?」

 懐から時計を取り出し、フィンは顔色を変えた。
「もう、こんな時間。夫人、この男達の処分は貴女に任せるわ。いくわよ、メリッサ」
 
「まだやってるわね」
 外から帰るなり、着替えもせずに議場に姿を現した。
埃りと汗で美しさが台無しだとメリッサは舌を打つが、当の本人はそれどころじゃないと怒鳴る。 
 そして、フィンはまだ続いていた議場の席に戻り一喝した。つまらないことでもめている時間はない。

「人は皆、時の名の下に平等である。それは王であろうと、民であろうとベル一族であろうとなんら変わりは無い。以後、鐘撞き堂は時計塔と名を改め、定刻に鐘を鳴らすことを命ずる」

「お待ち下さい、それでは時の君に対して我が一族は……」
「ベル伯爵、時の管理人の名誉にかけて、あなたは時の君に仕えること。爵位を返上し、時の伝道師となって民に時計を普及させなさい」
「いやしかし、それでは……」

「あなたは一度でも鐘をならしたことがあって?」

 会場では拍手が沸いた。その音にかき消されて、ベル伯爵の声は誰の耳にも届かなかった。だが、フィンは当たり前のことを言っただけで拍手は失礼だと思った。






「それで、その夫人とご老人はまだ御健在なのか?」
 旅人は締めくくるように尋ねる。
「ええ、今日も元気に時計塔の整備をしていたわ。もしよければ訪ねてあげて。珍しい話の一つでもしてあげると喜ぶわ。とくに他国の機械細工には興味あるみたいだから。まあ、けっして口には出さないけれど。それと、夫人は旦那を黙らせてベル社の女社長よ。今ではね、爵位がなくなった途端になにもできなくなった旦那に、毎月お小遣いをあげているらしいわよ」
 けらけらと笑い声がこだまする中、就寝を告げる鐘の音が城下の町並みに控えめに響く。今日もそろそろ終わるのだ。

「お礼に帝国のロイヤルブルーの姫君に関する面白い話を披露したいところだが、今夜はもう遅いようだ。また、次回があれば話をさせてくれ、王女殿下によく似た美しいお嬢さん」

 そういって、二人分の代金であろうコインを差し出し、男は席を立ち、店を出て行った。
 口笛の音が上機嫌を示しているようだった。
 フレアは最後の一滴を喉に流す。

「よく言われるわ。でも、王女殿下はもっと美しいのよ」

 そこへ、ウエイトレスが割り込むように後ろから声をかける。
「ええ。王女殿下ならお支払いを踏み倒したりしないですもの」
「失礼な。私は無銭飲食などしない。払わないとは言ってない。ツケておいてと言っている。あなたはいつも私の揚げ足ばかり取る! ホント、頭にくるわ」
 ウエイトレスはミニのスカートの裾をちょんとつまみあげて、微笑みながら礼をした。
「それが私のお役目ですから」


<< 鐘撞き堂の君主 終 >>
小説コーナーに戻るTOPに戻るweb拍手
「鐘撞き堂の君主」に最後までおつきあいくださいまして、誠にありがとうございます。
お気付きの点がございましたら、下記のメールフォームよりお願いします。
SEO [PR] 再就職支援 冷え性対策 わけあり 動画掲示板 レンタルサーバー ブログ SEO