「鐘撞き堂の君主」

0.プロローグ
1.フィーナル王国の朝
2.大時計と時の君
3.鐘撞き堂の君主
4.エピローグ




 半端に開いたテラスのカーテンを、さっと豪快に開けた。
 眩しい朝日と共にすがすがしい空気が流れ込んでくる。
 朝の日差しが寝ぼけ眼を強烈に襲い、思わずフィンは顔を覆う。
 それでも瞳は遥か遠くにそびえたつ聖なる山々、フィーナル連峰に注がれていた。先日初冠雪を迎え、わずかな雪化粧が大自然の雄大さと美しさ、どちらも備えていた。

「さすが、旧・王の間、眺めは宮殿一ね」

 フィンは腰まで流れる赤い髪を風にたなびかせた。ひんやりした風が髪を散らす。
 寝起きの儀式とでもいうべきか、フィンはベッドから出ると必ず朝日がさしこむ領地を一望する。
 炎がシンボルの国ファイナリアらしく、町のあちこちに煙突が立ち並び、朝にもなると一斉に白煙を上げる。そうなると煙ってしまい、景観が好ましくない。それがこの国らしいという意見もあるが、フィンとしてはあまり好きではない。澄んだ空気での神秘的な大自然という景観を拝みたいのだから人工的な煙は邪魔、というのがフィンの持論だ。
 だからフィンは庶民が朝食の準備が始まるだろう時間の前から起き出し、自室のテラスから領地を一望する。
 そのため、起床がどうしても朝日が昇って間もない時刻になってしまう。朝の弱いフィンの悩みだった。
 だが、この朝の景観だけは誰にも渡せない、そう心に決めていた。

「ねえ、あなたもそう思わない、メリッサ?」

 傍らに静かに立つ黒と白のエプロンドレス。裾を膝上限界ギリギリまであげた特徴的なミニスカートと、膝を隠す黒いソックス。切りそろえられたショートの茶色交じりの赤い髪を揺らさずに一歩フィンに近づき、朝日の洗礼をあびるが一切動じない。
 日差しを浴びる顔つきは、わずかにフィンよりも丸みを帯びて幼く見える。
「はい。殿下のわがままの賜物です」
 メリッサの無感情な返答にフィンはむっと唇を尖らす。
「なんでそういう言い方するのかしらね」
 フィンの不貞腐れにも動じず、メリッサと呼ばれた若い女性は毅然と応える。
「国王陛下に自室の交換を申し出る方を、フィン王女殿下以外存じません」
「いいじゃない。お父様が良いと言ったら良いのよ。この国ではお父様が一番偉いのだから、お父様の決定は絶対だわ。私は、ただ、申し出ただけ。決定権は私には無い。お父様が私に甘いのは私の責任ではないし、いずれお父様の跡を継ぐと公言しているのだから、私がこの部屋に入るのは時間の問題なのよ」
 さもそれが当たり前の様にフィンは理屈を並び立てる。
「左様ですか。ではそうなのでしょう」
 メリッサは呆れたように無感情で返す。だが、フィンは目の仇をそうそう許しはしない。
「それで、私は二つの大きなわがままを言ったと続けるのでしょう?」
「はい。一つは国王陛下のお部屋を取り上げたことと……」
「もう一つは、あなたを私のものにしたこと」

 フィンはウインクしてチャーミングに微笑み、風で乱れたメリッサの髪をかきわけてみせる。

「言葉に語弊があります、殿下。私は王女殿下専属の御付きとして雇われているだけです」
「いやらしい異母兄弟からこきつかわれていた、かわいそうな名家の私生児を引き取っただけじゃない、物語にするならサクセスストーリーだと思うけど?」
「無報酬には代わりありません。衣装の趣味は今現在の方が過激だと思われます」
「いいじゃない、肩と胸の露出は減ったのだし、衣装の素材や生地、アクセサリーなんて王家ご用達なのよ。そこらの貴族と一緒にしないでくれる? それに、あなた足が細くて綺麗なのよ。目つきもツンとしていながらもどこか影がある、まるでよくできたお人形みたい。美は才能。見せられるうちに見せびらかしておくべきよ。まあ、私が眺めて楽しめる服を着せられる人も必要なの。私のセンスを腐らせないための必要な処置よ。もっともプロポーションの完成度では私の足元にも及ばないけどね」
「恐れながら殿下の足元程度です」
「はいはい、その自信過剰さがきっと年寄りの癇に障るのよ。……って、私も年寄りみたいなつまらないこと言ってないで着替えるわ。まずは髪を梳かしてくれる? あら、そういえば、今日は確か……」
「はい。週明けの定期朝礼です。お召し物はいかがいたしましょう」
 フィンはメリッサの衣装を上から下まで眺めて、思いついたことを言った。
「あなたと同じような格好」
 私もミニを履いてみたかったの、と子供みたいに微笑むフィンに、メリッサはため息をついた。
「おやめください。それでは私の存在意義がなくなります」


「王女殿下のおなーりー」
 決まりきった呼び出しの口上が響く中、大広間に現れたフィン王女の姿を見て、誰もが呆気にとられた。感情が先走る者は半開きの口をし、冷静な者も眉がつりあがる。
 紅白柄なのはよくあることだが、ミニスカートでニーソックスという、特殊な趣味を持つものが好んで従者に身に付けさせるような衣装で、プリンセスが突如現れたのだった。
 週初めの朝礼は大臣や名のある貴族をはじめ、一定の地位のある者で宮殿周辺、城下町であるファイナリアシティに住む者の長と後継ぎが必ず参加する公の場である。男性女性不問だが、圧倒的に男性の参加が多い中、視線は王女殿下の剥き出しのふとももに一斉にそそがれた。

 私語は一切禁止である。
 司会進行であるアレックス執政官は咳払い一つすると、いつも通りの口上で式を進めた。
 まずは定期連絡や国政の報告。
 数字の読み上げなどは眠くなるところだ。
 フィンは王の病欠という名目で代わりに玉座に腰を据える。
 もうかれこれ三ヶ月は毎週ココに座ることになった。
 時折、フィンは考える。
 ――お父様の面倒くさい仕事を押し付けられているだけのような気がしたわ。
 王家の血筋の伝統は朝に弱いこと。フィンはそれを、身を持って知っていた。
 当の父王は早々に早起きにギブアップし、ひどいときは昼まで仮病だ。年を重ねるたびに父親が横着になっていく様を、フィンは日に日に実感する。
 だが、そんなどうしょうもない父親の血を受け継いだからといって、朝が弱いと言い訳したことも無ければ、絶対に玉座にて居眠りはおろか、あくびもしたことがない。
 しかけたことがあるが、傍らに立つメリッサが寸前で肩に手をかけてくれる。このことは誰も知らない秘密のはずだ。だからフィンは真面目な王女様という触れ込みなのだ。
 が、軽々しく肌を露出した衣装を公の場で着てしまうケースもあった。
 なぜか王族だけが衣装に指定がない。
 文官なら文官の制服が、武官なら軍服があるのだが、貴族、王族には特に指定は無い。
 奇抜な衣装を好む貴族は笑いものにされるのがいつものことだが、フィンがそれをやるとシャレにならない。シャレになっていないが、文句をいうわけにもいかない。
 正装を着るときもあれば、軍服に身を包んでみたり、町娘の格好をしたり、派手なドレスを着たり、体のラインがは
っきりするようなスーツをしばしば……本当に同じ格好はそうそう無く、とにかくフィンにとっての朝礼は仮装パーティのノリだった。
 けしからんと言う者と、ニヤニヤするものと、無表情を気取るもの、大体三通りだとフィンは壇上から男達の顔を眺めながら思った。あるいは、貴族の女性がいつかの自分の衣装を真似ているのを見つけるとにやりとする。
 そこで、今日の獲物を見つけた。
 アレックス執政官の定期報告の読み上げ中にも関わらず、フィンはおもむろに立ち上がり、壇上を降り、貴族の男達が立ち並ぶ列に混じっていく。堂々とヒールの音を鳴らして列の間の通路を進む王女の姿に、各貴族たちは今日のどこの馬鹿がやらかしんだと小言で罵る。
 ヒールの音が止まる。
 執政官の口上はまだ終わらない。
 大広間の奥に並ぶ若い将校たちの前で王女が止まった。若い将校達は冷や汗気味に、互いの顔を見合う。あいつだあいつだと本当に小さな声で伝言ゲームが始まる。
 指摘された青年将校の隣で彼の軍服をつっつく者もいたが、当の本人は一向に気付かない。
 やがて、フィンの影を追うようについてきたメリッサが渦中の青年将校の袖を思い切り引っ張り、彼女の華奢な見た目から想像も出来ないような強い力で列からつまみだし、フィンの前に晒した。
 立ちながら頭を傾けていた、もとい居眠りをしていた青年将校は何が起こったのかわからないといった顔をあげると、そこには自分を見下す王女様が立っていた。
 周りの者は見ていられないとばかりに顔を覆う。
 フィンは手をあげた。
 アレックス執政官の口上が止まる。
 と、同時に平手打ちの音が大広間に轟いた。
 ――殿下がいつかのように厚底ではなかったのが幸運だったな。
 アレックス執政官の隣にいたベル伯爵がそう言った。
「そんな暴力的な姫君ではありませんぜ」
 ベル伯爵の言葉を聞いた鎧姿の庸兵のジークは腕を組みながら、言葉を訂正させる。
 が、その瞬間、鈍い音が聞こえた。
 同時にガクっとジークは肩を落とす。
「まったく大人げねえ姫君だ」
 耳を澄まさなくとも、フィンの言葉が聞こえてくる。
「未来を預かる身で国政の報告中に居眠りをするとは何事か! 恥を知れ!」

 その言葉を耳にして、ジークは首をかしげる。
「自分の居眠り防止に他人の居眠りを見つけて怒鳴りつけるなんてなあ、ホント大人げねえ」
 朝礼が終わった後、個々に散っていく議場にてフィンは小声でメリッサにいつも言う言葉がある。
「私は将来を憂いて嫌われ役になるのよ。好き好んでひっぱたいたり、蹴飛ばしたりなんか出来るわけ無いわ。私はプリンセスなのよ」
 そういう風に捉えている人間が何人いるだろうと、メリッサは首をかしげる。
「甘く見られるということはないと思いますが」
 暴力王女のレッテルを張られているのではないかと、進言しようとしたがやめた。
 ベル伯爵夫人が玉座に寄ってきたのだ。ボリュームのある髪をカールさせ、濃い化粧に真っ赤な口紅。羽毛とフリルで装飾されたドレスを身にまとい、妖しい色使いの扇子を傍らに携えた中年の女。花飾りのついた帽子を従者にとらせ、うやうやしく、フィンの前でお辞儀する。

 フィンとメリッサは二人で急な真面目な顔をつくる。

 威厳は最低限、保たねばならない。
「フィン王女殿下、今朝も御機嫌麗しゅう」
 瞳の奥に燃えるような意志を携え、女声にしては力のこもった声。フィンは彼女の瞳も声は嫌いではなかった。機嫌をうかがってはいるが、いつか上にたってやろうとする野望のような対抗心を感じるのだ。
「それは皮肉かしら」
「いいえ、滅相も無い」
 ベル夫人はわざとらしく手を振って否定する。
「それで、どうしたのかしら? 朝礼後の私に用とは余程のことなのね」
 この後のスケジュールはつまっているのだと、秘書役のメリッサの目がフィンに訴える。
 そのことがわかっているのか、フィンは鏡の様にメリッサの瞳をベル伯爵夫人へ映す。

「鐘撞き堂に関してですけれども」
「ああ、その話」

 フィンは手をぽんと打った。
「先日の議会閉会後にベルク王国から届いた巨大な時計の設置場所についてかしら」
「ええ、その件についてですわ」
 伯爵夫人は少し不満げな表情を見せた。フィンは逃さない。
「貴女はまだ機械時計というものを知らないわね?」
「そんなによいものなのでしょうか? 先祖から受け継いだ日時計を代弁する鐘撞き堂に設置するとは余程のものか
と思いまして、お忙しい御身に関わらず質問したことをお許しください」
「ココだけの話、機械時計の小型化と量産に成功すれば莫大の富を得られるわ」
 フィンは声を小さくして言った。
「もしかしたら、のお話でしょうか」
 騙されないぞと顔に書いてあるように、夫人は顔を引き締める。釣りあがった眼は品定めする商人そのものだった
「いいえ、私は仮定の話をするつもりはないわ。他の国では成功していることを我が国はまだ取り入れていないだけ。それを独占できるかどうか、という話よ」
 ピンと来るものがあったのか、今度は逆にうふふとベル伯爵夫人は笑う。
「おいしいお話をちょうだいしましたわ、殿下。やはり殿下はすばらしい方ですわ」
 扇子で妖しく微笑んだ口元を隠し、夫人はスカートの裾をつまみ上げてうやうやしく挨拶をして下がっていった。
「よいのですか」
 傍らに立つメリッサが問う。
「いいのよ。一日も早く民に自分の時を手に入れてもらいたいの。それに、あの夫人ならやるわ。宮廷一のがめつさをもつ彼女だから、黙認してもらってお金儲けが出来るとわかれば、どんな手でも使ってでも成功させるでしょうね。小型時計の普及にうってつけよ」
 そう言って、フィーナル王国に現在数点しかない時計のうちの一つ、ベルク国製の金銀細工の懐中時計を取り出し、時間を確認する。
「まったく、時間がわかってしまうとせかされて嫌だわ」
 フィンはため息をつきながら、迷い無く次の会議に向かおうとしていた。
「まずはお召し物を変えていただきたいのですが」
 配下の者達の視線の先に何があるか、という言葉を紡ぐが、フィンはメリッサの進言に振り向いて怒鳴る。
「そんな時間なんて無い! それはあなただってわかっていることでしょう!」
 怒鳴っておいて、軽い調子でステップを踏むフィンの後姿に、メリッサはため息をついた。
「……お気に入られたのですね」
 やはり私の存在は罪深い――などとメリッサは独り言をこぼした。


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