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「不思議体験 〜Ghost Communication」


 免許をとって一ヶ月もしない間に、俺は原チャリごと軽トラックに跳ね飛ばされた。
 後発の乗用車に乗っていたドライバーはボーンネットに弾む俺の姿に恐怖し、思わずハンドルを切っていた。すでに俺の頭のどこかが歪んでいて神経が麻痺していたのかもしれない。目の前のサラリーマンドライバーの姿しか視界に入っていなかった。そしてその男の驚きと恐怖の入り混じったカオの面白さに吹きそうになったが、次の瞬間に俺の体はボーンネットから滑り落ち、今度は道端のガードレールに直撃した。
 軽トラック、乗用車、ガードレールの三段コンボである。
 ガードレールが致命的となり、意識が飛んだ。
 もちろん、原因は俺のよそ見運転。
 まだ学校指定のブレザー姿にまだ若いのにお気の毒様と涙を流す野次馬はいたが、お前のよそ見運転が悪い、と俺をとがめるものはどこにもいなかった。
「俺って死んだのかよ」
 お約束の半透明の体で立ち上がった俺は血まみれの元の自分の体を眺めてため息をつく。
 近くの病院から駆けつけた救急車とパトカー、それに野次馬が事故現場をとりまいている。その様子をぼんやりと眺め、中央分離帯に座り込みながら、霊体姿の俺はぶつぶつとつぶやいた。
「そうか、これが幽体離脱ってやつか。すげーじゃん、オレ」
 頭から大量の出血をしていて目も当てられない自分の体を見越しながら、状況を把握する。
「アレだな。きっと、成仏する前に大事な人に挨拶しに行けって神様がくれた時間なんだよな、これって」
 勝手な解釈だなあ、さすがB型人間。と自分自身を他人事の様に評価して立ち上がる。
 時間がない。
 遺伝子の叫びというか、体の内部から確信めいた予言が聞こえる。
「だれに会いにいこうか」
 親、兄弟、親戚、親友、先生、お世話になった人々・・・・・・エトセトラエトセトラ。
 思いつく限りの顔をあげても、気の利いたことをいえない相手ばかり。
「こんなときにカノジョとかいたらなー」
 不思議体験させてやるんだけどなーと、また一人ごちる。
 そのとき、ふと女の子の姿が頭をよぎった。
 この事故のきっかけになった女だ。
 学年でもトップクラスに視力がよく、そしてなによりも目ざとい俺は彼女の姿が見えてしまった。もっとも、視界に入っただけなのだが。
 交差点の手前のガラス張りの喫茶店。
 一番道路側の端っこの席で黙々と読書をする姿。
 あの姿に目をやり、いつのまにかトラックにハねられていた。
「あいつももともと幽霊みたいな存在だし、あいつでいいや」
 名前は相川美穂。中学のときから休みがちで、高校生になってから毎学期出席日数ぎりぎりの状態。もちろん俺は勉強が出来るほうじゃない。成績では負け組みだ。それなりに勉強して偏差値五○ぐらいの今の高校にいるわけだ。
 だからこそ、授業にほとんど出ていなかった相川美穂が同じ学校に通っていると聞いたとき、それはそれは驚いたことだ。内申点はカスみたいなものだろうから、テストで頑張ったに違いないと俺は一人で納得した。
 黙々と家で勉強している姿を想像すると、自分には到底出来ない努力だと内心、相川美穂のことを誉めていた。
 学校に来れなかった理由、それは病気だというが、噂でしか聞いたことがないため、今流行の登校拒否なんじゃないかと勝手な想像をしたものだ。
 そんなのが、喫茶店で読書なんてしてるのだ。俺の好奇心がひょっこり顔を出し、思わず、見入ってしまった。
 そして、霊体になったあとも、気づけば彼女のいる喫茶店の前に立っていた。
「まだいるかな?」
 一つ向こうの交差点では自分が起こした事故のせいで、救急車とパトカーが野次馬を煽り立てる。
 その騒ぎのせいで気分を悪くして帰っていないだろうかと変に不安なったが、店に入ると、彼女はいた。
 端っこの席で湯気の出なくなったコーヒーカップを前にして、読書をしている。
 席の前まで行くと、彼女は気づいてくれた。
「あれ、こんなところでなにやってるの?」
 どうやら霊体の姿だというのに、彼女には見えるらしい。
「いやさ、相川がこんなところで本読んでるからクラスメートのよしみで挨拶でもしてみようと思って」
「律儀だね」
「そうでもない、お陰で事故った」
「大丈夫なの?」
「見てのとおり」
「いいね、丈夫なヒトは」
「おまえって体悪いんだっけ? 噂には聞いたことあるけど」
「生きてるのが不思議なくらいって医者はいうよ」
「すごいな」
「すごくナイ、毎週病院送りになるんだから。薬漬けの毎日って一回体験してみる?」
「よくもそんなんで高校はいったよな」
 そりゃあ、高校ぐらい入らないと、照れたようにいう。
「オレ、おまえのこと偉いなと思ってたんだよ、ここだけの話だけどな。だって、おまえ、自分の成績に笑ってたじゃねえかよ、五教科で一桁だっていって」
「たしかに受験のときはがんばったよ。つーか、すごい大変だったけどね。偉いでしょ」
「それで、読書好きなんだろ? いーよな、そう言う趣味して努力デキルやつは。将来成功するぜ?」
「いやあ、あたしの場合、未来はないから、結構刹那的ですよ」
 また笑ってそう言う。
「なんだよ、そんなに体悪いのかよ。だったら家に帰って寝てろよ。寝ながら本読め」
「いーじゃん、別に。家にいても気を遣うだけだから疲れるよ。介護される方のことって考えたことある? 結構緊張するんだよ」
「オレって病院とは無縁の生き物だからなー、わかんねーな」
「だから逆に適当にあしらってくれる人間の方が好きなんだよねー。親切なヒトほど疲れる」
「それいいな」
 小さな悩みに俺は思わず声を挙げて笑う。
 俺の笑いを聞き終えると相川は読みかけの本を閉じて、おもむろに立ち上がる。
「帰るのか?」
「うん、そろそろ時間だから」
「そうか、じゃあ最後に一つ聞いていいか?」
「なに?」
「何の本読んでいたんだ?」
「妖怪大辞典。あたし、この世に未練タラタラだから死んだらお化けにでもなろうと思って」
 思わず吹き出した。この女は変わっていると。
「へんなやつだ」
「そう思う」
 揃って喫茶店を出ると、お互い、別の道を指差した。
「へえ、あっちのほうに住んでるんだ」
 初めて知ったように相川美穂は感心する。
「いや、ちょっと病院に用事があってね」
 そのとき、目ざとい俺の視界は大通りの向かいがわにゲーセンを一軒見つけた。
「もういっこ、最後にイイか?」
「べつにいいけど、なに?」
「記念にプリクラ撮ろうぜ」
「は?」
 なんのことかわからないようだった。

 今日も静かな喫茶店。
 ガラス張りの店内には上品なコーヒーの香りがたちこめる。
 窓際の席には湯気の立たなくなったコーヒーカップが置かれている。中年の女性店長は今日だけはあの席に誰も座らせないつもりでいた。若いバイトはその行為の意味について何気なく尋ねてくる。
 店長はハンカチを用意してしんみりと声を漏らす。
「妹の子がいつもあの席で本読んでたのよ。病弱でね、しょっちゅう入院してたかわいそうな子。その子がね、今朝亡くなったのよ。だから、供養になればと思ってね」
 泣きそうな顔をして、店長はそう答える。ハンカチは手放せない。
「きっと、いまごろ、お化けになってコーヒーを飲みに来ているわ。ええ、そうに決まっているわ。死んだらお化けになるんだっていってたからね」
 若いバイトの女の子はその湯気の立たなくなった席をしばらく眺め、うーんと困ったように頷いて席の下に落ちていた本をテーブルに戻した。きっとこれを読んでいたのよね、と一人呟きながら。そのとき、ひらひらと舞い落ちた一枚の連続シール写真。
「だれよ、こんなところにプリクラ落としたのー」
 これだから最近の若い子は、と若いバイトの女の子は愚痴りながらじゅうたんに落ちたプリクラを一枚つかんでゴミ箱へ捨てた。

おわり
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